過去も今も未来も…

守備範囲が浅く狭くになってしまう長文語彙力のないファン。大学一年生。Sexy Zone,V6,ハロプロが好き。

かぞくのはなしから(19)

いつもはV6やSexy Zoneハロープロジェクトの話ばかりのブログですが、今回は私個人の話をしようと思います。
もともと、Twitterで話すには重くて長すぎてしまう、自己満足なお話をブログに書こうということで始めたはてなブログなので、今回アイドル以外の話になってしまうことを許していただきたいです。

私の家族を紹介する、という場面でいつも紹介するのは、
母方の祖母、父、母、姉、兄、(私)、弟の7人であることが多いです。現在は姉以外の6人で同居しています。父方の祖母やいとこ、おばやおじも別居しています。

姉(26歳)は大学院卒業後、隣県の公務員となり、通勤しやすくするために実家を離れました。とても真面目で頭が良く努力家です。私がハロプロを好きになったのは姉の影響で、よく一緒にコンサートに行きます。私が高校生だったときに勉強を教えてくれたり、生きる希望をなくしていたときもダンスサークルなどいろいろなことに誘ってくれました。大好きな存在です。

弟(中学三年生)は最近反抗期が終わりましたが、それまでも正義感が強く、理不尽なことを許せない性格なのは変わりません。サッカーをしています。末っ子らしくかわいい一面もありますが、最近は特に頼れる存在です。


そして今日は兄の話をしたくて書き始めましたのですこし長くなります。

兄(22歳)は自閉症です。‪昔は家族揃って兄に暴力をふるわれていて、誰も…薬でさえも当時小学生の兄を抑えられませんでした。小6で体重が100kg目前になり、このままでは死ぬと医師に言われ減量目的の入院をしました。約二年後、家に戻ってきた兄は、入院前と比べ物にならないくらい穏やかになっていました。
現在…なにか意味のあることばを話すことはほぼできませんが、大声を出していることが多いです。コミュニケーションをとることが極めて困難ではありますが、頷いたり返事をしたり「ばいばい」のようなことは言えます。非常にじゃがりこ、カルピス、チーズ、靴下が好きです。飲食や着替えは気分で手伝いなしでできるときとできないときがありますが、基本は誰かが見ている必要があります。平日の日中、母の送迎のもと、ある施設で仕事をしています。

昔の暴力は殴る、蹴る、ひっかく、髪を引っ張る、噛む、踏む…など多岐にわたるもので日常的でした。外出時にも車内で暴力をふるわれるのでよく兄も他のきょうだいも泣いていました。母、祖母、父もよくふるわれていました。父はがっしりとした人ですが、それでも抑えられませんでした。
一度、家にこどもたちだけが残されお留守番をしていたときに兄がきょうだいに暴力をふるいだしたことがあります。姉と弟はなんとか逃げ出したのですが私だけが逃げられずやられっぱなしになりました。姉は小さい弟とほかの部屋にある電話で家の大人達に連絡をし、助けを求めていました。私はこの二人を憎んでいませんし、仕方のなかったことだと思います。ただ、たまに思い出しては怖くなるのです。特に目に指を入れられたシーンばかりを思い出します。あれ以降は家に必ず誰か大人が残るようになり、入院後は何時間も暴力をふるいつづけることはありません。

最近、ここ1年くらいでまた少し兄が攻撃的になったと思います。私も朝起きてすぐ頭突きをされ大学を休んだことがありますし、母も顔に頭突きをされ、鼻を骨折しました。先ほども兄は祖母の指を突然噛み、祖母の二本の指から血が溢れました。母は仕事で家を空けており、父は用を足していました。私と弟でどうにか処置をしましたが、私は血を流す祖母の指を見て思わず足がすくみました。

父と祖母は、まるでよくドラマで描かれる仲の悪い嫁と姑のような、犬猿の仲です。そのためこの二人の間に母が入らないと家族間の連携がとれない場面が多々あり、このような非常時にも困ってしまいます。二人はお互いに相手が悪いとしかいいません。いい歳した大人が、呆れたものです。



私は19歳、大学一年生にして、将来やりたいことが決まっていません。大学で教わって考えていることはつまらなくはありませんが職業選択に直結しないため選択肢が多すぎてしまいます。大学に通う多くの人が歩むライフコース的には私はそう遠くない未来に働き始めます。特にやりたいことがなくても自分にできることをしなければなりません。

祖母は「普通はそういう(兄のように障害者である)家族がいれば介護の仕事も視野に入れるだろう」と私によく言ってきました。
この発言に対し、私は「果たして、本当にそうなのだろうか」と疑問に思ってきました。
私は、要介護の家族がいると、365日そのつらさや現実と向き合わざるを得ない状況に置かれてしまうから、家の外にいるときくらいは違うことをしたいと思ってしまいます。
そもそも、「普通は〜」という陳腐なフレーズは何をもって「普通」なのでしょう。全国調査や統計的検定でも行ったのでしょうか。私が思うに、その人が見てきた「普通」はほかの人の"普通"とは異なるのです。今日生きているすべての人間が同じ価値観であるはずがありません。しかし、我々はその言葉で普通でない人々を排除していきます。それは時に良い面もあります(例えば明らかに他人に迷惑をかける行為等を犯罪として取り締まることができるのは人々にその時代に沿った「正常と異常」の概念があるからでしょう)が、時に我々は自らもそうしているのにもかかわらず他人や社会からの排除に悩み苦しんでいくのです。

私は大好きな母、お世話になった姉、かわいい弟に、自分の立派な姿をいつか見せたいです。だから…どんなにいまが苦しくて、なにも取り柄のない私を嫌になって、死にたくなっても…生き続けてやろうと思います。本当に死にたくなった時は「生きる」なんて思いませんから今ここに書いてしまおうと思います。書いておけば、死にたくなってもどこかで思い出すと思うのです。思い出してもしんどくなったら死ぬ時かもしれません。

恨みたいほど嫌な人は私の人生にたくさんいました。その人のために身を投げ出すなんてもったいない。大好きな人がいまはいるから(それがアイドルなんだけどね〜)生きてやる。

人ひとりが発することばや行動は、小さいように見えて意外にも誰かの心や行動に影響していくものです。私がこうして独り言を連ねるブログを読んでいる人は、世界中に公開している以上きっと存在していて、たとえその人が心になにも響かなかったと思っても、そのように思わせた、感想を抱かせたことが影響の一つではないかと考えています。

家族についての悩みや私の問題、大好きなアイドルのことなど話題は尽きないので、これからも自分のために書き続けます。拙い文章を発信するということが私のストレス発散になっています。ここまで読んでくださって有難うございます。